5月は例年に比べると「さわやか〜」と言える日が多いな…わお!何この暑さ!あ、マシになった?もう6月?え!さむっ!なんて日を過ごしたのち、暑なってきたわぁな今日この頃です。

 


(1週間前のご近所のカシワバアジサイ)

 

さて、今日のテーマは「変容」について。
日頃から「現状を変えたい」方々と向き合う日々の中、たびたび考えさせられるテーマです。

「変容」は簡単に言うと、幼虫からサナギに、サナギから美しい蝶に変わるように、人の姿や物の形、様子が本質的に大きく変わることを意味します。そう、「変化」より質と規模が大きい感じ。

 

 

だから大きく変わろうと思うと、その一つ前の変化が必要。
ところがその変化が早く出る人と時間がかかる人がいます。早い方が良いとは言いませんが、進むのがスムーズかどうかってところですね。

 

ほら、ブレーキがしょっちゅうかかる車は乗っててしんどいし、タイヤもブレーキパッドも摩耗します。それに、休憩が多くて長すぎると目的地になかなか着きません。そもそもどこ目指してたっけ?なんてボヤけてくることも多々あり。
ってこんな風に言えるのは、私自身が経験してるから。何回ブレーキ踏んだり遠回りしたことか(笑)

この進み方を分けるのってどんなところだと思いますか?

 

いくつかのポイントがあるので、仕事でも家庭でも、なんだかスムーズにいってないなと感じる方はぜひ読んでみてください。スルスル流れ出すヒントになるかもしれません。

 


 

進み方の分岐点は「硬さ」にあります。身体でも頭でも。
(頭は脳の働きとも言えるし心の何かと言えます)

 

例えば姿勢を変えていきたいとき、当たり前ですが身体が硬いと時間がかかります。面白いのは身体が硬い人は頭も硬い人が多いのです。

 

この辺は「タマゴが先か、ニワトリが先か」で、身体が硬くなってしまったから頭も硬くなったのか、もともと頭が硬いから身体も硬くなりがちなのか(50を超えた年代層は特にそう)。

 

身体が硬くなるような生活をしてたから、頭も硬くなってしまった…とも言えるし、頭が硬いから身体が硬くなるような生活になってしまった…ってどっちやねん?(笑)

 

まぁ大元の原因はさておき、頭が硬い人は自分のやり方、「我流」にこだわります。変わるということは「他流との交わり」そのもの。よくいるのが習いに行ってるのになお我流。他流と交わりたかったはずなのに、硬く握りしめた「我」を手放せないんですね。

 

「とりあえずまぁ、言われた通りにやってみる…!」が極少なので本当のスタート地点までが遠いんです。

 

それでも、遠かったけど拳をゆるめてこだわりをやっと手放し、スタートできる人もいます。スタートする最初の踏み出しが大変なので超Bravo!すばらしい!

 

ところが、ここからまた二手に分かれます。

 

スタートできたのに「言われた通りにやってみる」を続けるのがむずかしくなるのです。まもなく我流にアレンジしてしまう。ひととき流行った「守破離」の「守」が、え?もう?!ってくらい短い(笑)

 

我流にアレンジと言うと聞こえはいいですが、要は「我流のままでいる」ということです。他流と合流できたら大きな流れに行って変わりやすいのに、我流が濃い細い支流のままなんですね。

 


(次男たちとよく行った大宇陀の川)

 

他流より我流が濃いと変化も分かりにくいので、自分で成果を感じるのにも時間がかかります。感じられないので最初にあった変わりたい意欲もだんだん薄れてきます。

 

しかもアレンジしてしまってることに本人は気付きにくいんですよ。濃すぎて。
あれ?今までとあんまり変わってないよね?一緒の景色だよね?と気付いたときには「やってもあんまり変わらなかった」なんて言うことになります。でもこれはまだ良い方。

 

悪くすると、痛みをなくすために教えてもらった運動を頑張ってたのに余計に痛めてしまってた、なんてことに陥ります。

 

これって、岩に座礁してボート本体が損傷しているようなものですが、ボートを操縦する本人は、岩や流れのせいだと思ってるので、そのうちやめてしまいます。

 

「とりあえずやってみます!」と早々に取りかかって、「とにかく言われたことは忠実に」「ひたすら続けてみる」人に比べるとどうでしょう?スムーズじゃないことは確かですよね。

 

頭が硬いのが悪いってこと?(悪クナイヨ)
柔らかくするにはどうしたらいいの?(方法ハアルヨ)

 

ということで、次回は「身体の硬さ」の方の話をしたいと思います。

 

つづく